川と岩
岩と石の大きな役割
本日もキャンプ場の二上山に行ってきました!(写真はネットのものなので違います笑)
キャンプ地となるマザーファームが山の麓にあって、雨が降れば山の水がここに流れ着きます。
が、今まで荒れ放題の竹藪だったので水路がはっきりなく、そこかしこに水溜りができて湿地帯とまでは行かないまでも常に水がある水はけの悪い場所でした。
竹を切り、木を切り拓けて来ると光が入って風も少し通るようになりました。
が、水の流れはできていません。
ユンボを使って土砂を入れたりはしたんですがまだ土が低いところは、雨が降るとその時限りの水路になります。
それらも関係するのか、一帯の地下水が集まって小さな川の始まりがいきなり現れるポイントが敷地内の端にあります。
そこは不思議で水が湧き出ている感じで、泉の始まりが見えません。多分地下で繋がっているんだと思います。
そして今日はその川の整備をしました。
二週間ほど前の大雨で降った水が、そこに集まっていて大きくえぐれていました。湧水の部分は小さな滝壺のようになっていて凹んでいました。
このままでは雨が降るたびに土が削られて流れ出ていってしまいます。
それを防ぐために岩と石で水の受け皿になってもらって水路を作って行きます。
水と風の通り道が全ての生き物の環境を作る
現代の技術を使って、U字溝を使って水路を整備するというのも考えています。
自然と共存する。
そういう意味では天然の岩と石だけで組みたい気持ちもありますが、キャンプの整備を進めて行く上では効率性や時間のリミットもあります。
セメントも素材は基本的に天然のものなので明確な異物というわけでもないかもしれません。
尊敬する三宅洋平さんも里山研究会というのもやっていて、こういった活動をインスタでも発信されています。
つい先日の記事でも水と風の通り道が微生物から始まる生命の循環を育み環境を作っていく、という趣旨の投稿をあげていました。
まさにそれを実感できる川整備でした。
自然に学ぶ当たり前の不思議
学校で習う理科の授業を本当に山に入ると体で教えられる気がします。
水は高いところから低いところに流れる。
濁った水も時間が経てば透き通ってくる。
岩と石で水が濾過される。
腐った葉っぱや竹に蠅が集まって卵をうむ。
延々と続いてしまうのでこの辺でやめておこうと思いますが、本当に当たり前のことが当たり前に起きています。
一度社会に入ると不自然が自然に起きている気がします。
満員電車が嫌だと言いながら満員電車に乗る人。
排気ガスを減らそうと言いながら列をなす車の渋滞。
マスクをする人としない人が絶妙な距離感で混在する世の中。
こちらもあげ出したら延々と続くのでキリがないのですが、自然と不自然なことが起きています。
そういう意味ではもはやそれも自然なことなのかもしれません。
おそらく何千年前から変わらず営まれ続けている法則が今でも目の前で繰り広げられている自然。
不自然が積み上げられ続けていく社会から一歩離れて自然の中に入ると、ふと当たり前の自然なことを教えてもらえる。
そんなことに感謝した今日の活動でした。